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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)7194号 判決 1957年4月16日

原告 鳥井亨一

被告 曹洞宗 外一名

主文

原告の請求は、いずれも、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の主張

一、請求の趣旨並びにその原因

原告訴訟代理人は、「原告が宗教法人花学院の主管者としての権限を有することを確認する。被告服部芳雄は、原告に対し同被告が右花学院につき静岡地方法務局浜松支局においてなした昭和二十七年八月十一日附主管者退任、代務者就任の登記及び同二十九年六月二十三日附代務者退任、主管者就任の登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり陳述した。

(一)  原告は、肩書住居地に所在する宗教法人令(以下、単に旧令という。)による宗教法人訴外花学院の住職であつて、かつ、その主管者である。

(二)  ところが、被告曹洞宗は、もと、花学院の所属する包括団体であつたが、曹洞宗寺院住職任免規程(以下、単に住職任免規程という。)第十一条の規定に基き、昭和二十七年八月十二日着の書面で、同月七日附をもつて花学院の住職たる原告を罷免し、被告服部をその代務者に任命したので、同被告は、同月十一日静岡地方法務局浜松支局において、右花学院につき、主管者退任並びに同被告が代務者に就任した旨の登記手続をなした。

(三)  しかしながら、被告曹洞宗が原告に対してなした右罷免は、次の理由によつて無効である。すなわち、

(1)  旧令による宗教法人が宗教法人法(以下、単に新法という。)の施行により、なお宗教法人として存続するがためには、昭和二十六年四月三日から同二十七年十月二日までの間に、設立しようとする宗教法人の規則案を作成して所轄庁の認証を得たうえ、宗教法人設立の登記手続をしなければならず、かつ、その際に限つて、その法人を包括する包括団体との被包括関係を廃止することができた。ところで、右花学院の檀徒総代であつた訴外山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎、藤田森治の任期は、いずれも、昭和二十七年六月十一日限り満了したので、同院の住職である原告は、曹洞宗花学院寺院規則第二十条の規定によつて、同月十二日訴外夏目武夫、小久保義一及び村里富音の三名を花学院の檀徒総代に選任し、同月十三日新檀徒総代たる右三名の同意を得て、新法による宗教法人花学院寺院規則案の制定及び被告曹洞宗との間における被包括関係の廃止を決定し、翌十四日新法附則第十四項に基いて従来被包括関係にあつた被告曹洞宗に対して被包括関係廃止の意思表示をなすとともに、同日から十日間花学院掲示場において、新法による宗教法人花学院寺院規則案、宗教法人花学院設立及び被告曹洞宗との被包括関係の廃止等を公告した。しかして、右被包括関係廃止の意思表示は、同月十六日被告曹洞宗に到達した。もつとも、花学院の主管者たる原告は、同年八月二十日所轄庁たる静岡県知事に対して右規則案の認証を申請したが、右申請は、同二十九年三月二十四日却下され、その再審査請求もまた却下されたので、現在文部大臣に対して訴願中である。しかし、右訴願に対する裁決如何にかかわらず、花学院は、前記被包括関係廃止の意思表示が到達した昭和二十七年六月十六日限り、被告曹洞宗との被包括関係から離脱したものであるから、その後、被告曹洞宗が、花学院の住職たる原告を罷免するが如き権限は存しない。

(2)  仮に、しからずとするも、被告曹洞宗が原告を罷免するに当つて適用したところの住職任免規程第十一条の規定は、直接には被包括法人たる寺院住職の資格の剥奪を定めたものであるが、この規定によつて寺院住職が罷免されたときは、宗教法人「曹洞宗」規則第六十条に「寺院の代表役員は宗憲により当該寺院の住職の職にあるものを以て充てる。」と規定されているため、被包括法人たる寺院の代表役員たるの適格性をも喪失させる結果となる。従つて、住職任免規程第十一条の規定は、代表役員の任免につき他の宗教団体を制約する事項を規定するものというべきであるから、かような事項は、これを規則中に規定したうえ所轄庁たる文部大臣の認証を要すべきところ、被告曹洞宗は、これを規則とは別個の住職任免規程中に規定して所轄庁の認証を得なかつたものであるから、右住職任免規程第十一条の規定は、新法第十二条第一項第十二号第五号に違反して無効である。仮に、寺院の代表役員たるの要件である住職を罷免することによつて代表役員の地位を喪失させることと、代表役員の罷免とは、形式的には別個の問題であるとしても、代表役員の地位を喪失させる点において実質的には同一であるから、住職任免規程中に右第十一条の如き規定を設けることは、新法第十二条第一項第十二号第五号の脱法行為として無効である。従つて、いずれにせよ住職任免規程第十一条に基いて原告に対してなした本件罷免が無効であることは明らかである。

(3)  更に、住職任免規程第十一条の規定が、被告曹洞宗所属寺院の代表役員の任免につき他の宗教団体を制約する事項を規定したものであること、右のとおりである以上、被告曹洞宗と被包括関係にある花学院が、有効に右の制約を受けるがためには花学院においても、その寺院規則中に右被制約事項を定めて所轄庁たる静岡県知事の認証を要すべきところ、花学院は、いまだその規則中に他の宗教団体によつて主管者の資格、任免等につき、制約を受ける旨を定めたことはなく、従つて、これが認証を得た事実も存しないの故に、住職任免規程第十一条の規定は、花学院に対する関係では新法第十二条第一項第十二号第五号の規定に反して無効であるから、これに基いて花学院の住職たる原告に対してなした罷免は無効である。

(4)  原告に対する本件罷免は、新法第七十八条第一項に規定する不利益処分に該当し、同条第二項の規定によつて無効である。それというのは、被告曹洞宗が、原告に対してなした花学院の住職を罷免する旨の意思表示は、花学院の主管者たる原告が同被告に対して被包括関係廃止の意思表示をなした昭和二十七年六月十四日以後になされたものである。しかも、被告服部は、同年八月十二日花学院の代務者に就任したと称し、同月三十一日花学院の主管者たる原告とは別個に、同院の代務者と称して静岡県知事に対し新法による宗教法人花学院寺院規則案の認証を申請したが、右申請書添付書類によれば、右規則案の制定及び設立の公告は同被告の代務者就任前になされたことになつているから、右手続は、権限のないものがなした無効のものである。もし、同被告の代務者就任後に右手続がなされたものとすれば、前記寺院規則案の作成及び公告の日からその認証申請の日までに新法所定の期間を欠く違法のものである。いずれにしても、被告服部のなした右規則案の認証申請は、そのまま認容さるべきものではない。しかるに、被告等が専ら原告の前記規則案の認証申請を違法なりとしてその手続の不備を攻撃している事実に徴すると、被告曹洞宗が花学院の住職たる原告を罷免したのは、右同院が被告曹洞宗との被包括関係の廃止を妨害する意図に基いたものといわざるを得ない。

(5)  更に、本件罷免は、原告に対し罷免事由を告知して弁明の機会を与えずになされた全く一方的な処分であるから、罷免権の濫用として無効である。

(四)  仮に、以上の主張がすべて理由ないとしても、花学院の住職たる原告に対してなされた本件罷免は不当である。なぜなれば、

(1)  原告は、本件罷免につき、住職任免規程第十一条の規定の適用を受くべきいわれはないからである。すなわち、

(イ) 住職任免規程は、旧曹洞宗が昭和二十六年十一月十二日の宗会における議決に基いて、新法によつて設立さるべき被告曹洞宗のために宗教法人「曹洞宗」規則を制定した際、右規則とともに効力を生ずべき補助的な細則として制定されたものであるから、その第十一条の規定は、民法第九十一条の任意規定としてその効力を有するものであるが、原告ないし花学院は、住職任免規程の制定に参加し議決権を行使してこれに賛意を表明したことも、またその前後を通じてこれを承認した事実もない。従つて、右住職任免規程第十一条の規定は、原告を拘束する効力を有しないから、これを適用して、花学院の住職たる原告を罷免し得べきものではない。

(ロ) また、宗教法人「曹洞宗」規則は、その附則第十項において、「従前の規則の規定は、宗教法人法附則第三項の宗教法人に該当する寺院についてはこの規則施行後もなおその効力を有する。但し、この規則中の規定に相当するものについてはこの限りでない。この場合においては、この規則中のその相当する規定に従うものとする。」と規定されているが、右規則中には、住職任免規程の各規定に相当するが如き規程は存しないところからみれば、住職任免規程は、性質上、被告曹洞宗と新法による宗教法人にして同被告と被包括関係にある寺院住職の任免を定めたものであると考えられるから、新法附則第三項に規定するところの旧令による宗教法人に対しては効力を有すべきものではない。従つて、旧令による宗教法人たる花学院及びその住職たる原告は、住職任免規程の適用築囲外にあるものであるから、住職任免規程第十一条の規定を適用して原告を罷免することはできない。

(2)  仮に、原告において住職任免規程第十一条の規定の適用を受くべきものであつたとしても、原告には、住職任免規程第十一条に規定する「檀信徒の大多数から不信任の表示を受けた」場合に該当する事実はない。原告が、被告曹洞宗から罷免の通告に接するに至つた経緯は、次のとおりである。すなわち、

花学院は、今より千二百余年前、すなわち聖武天皇の御代に、行基菩薩、作馬頭観世音を本尊として造営せられ、その後足利幕府その他の諸大名の寄進により多くの不動産を所有するに至り、同院の経営は、主として右寺領からの収益によつて賄われてきたものであるが、明治三年の土地改革及び終戦後の農地改革等によつて寺領は減少したというものの、なお、相当の不動産を所有していたため、花学院檀徒の一部には、同院の護持に努めるどころか、却つて、寺務の処理を理由に酒食の饗応に預る機会を作るとか、或は役得を図ることにのみ専念し、これを容認しない住職を迫害するところがあつた。ところで、同院には一門制度なるものがあつて、そのうちから選ばれた者をもつて同院の世話人となしていたが、原告の先々代住職訴外山本祐山は、明治年間に恩借金三千余円を檀家に対して負うに至つたところから、その整理のためとして世話人訴外藤谷惣吉、藤田春蔵等、いわゆる藤谷一門、藤田一門等の者から寺領の田畑につき、極めて低廉な小作料をもつて永小作契約の締結を強いられ、更に、同院財産の管理の委託まで要求されるに至つたので、住職を鳥井亨寅に譲つて退山したが、右藤谷惣吉、藤田春蔵等は、その後も前記恩借金の弁済に充てるとして、寺領の貢米を取り立てる等専断の行為が少くなかつた。しかして、原告は、昭和十四年前記亨寅の後を嗣いで花学院の住職に就任したものであるが、その後も、例えば、藤谷、藤田一門に属する訴外藤田建吉外十四名の者が、その一門の力を頼んで原告に対し、寺領の山林約三町歩につき従前の賃貸借契約の更新を求め、これを拒絶されるや檀信徒を語らつて原告に対する迫害の手を差し延べる等、右一門の檀信徒間における勢力は以外に強かつた。ところが、たまたま、原告が、昭和二十七年二月頃念仏講中寒行托鉢によつて得た浄財金六千円を基金とし、花学院所有の山林から伐採した木材をもつて弁天堂を新築すべく計画し、これを当時の檀徒総代に諮つてその同意を得たが、その際、右檀徒総代の意に反して、酒食饗応費を工事費中に計上して余分な立木を伐採することを止めたため、右総代等は、一門の者と結托して、当時花学院の包括団体であつた旧令による宗教法人曹洞宗(以下、単に旧曹洞宗という。)の出先機関たる静岡県旧曹洞宗第四宗務所長訴外鶴見密禅と謀り、原告の排斥を策するに至つた。そこで、このことを聞知した原告が、花学院の主管者として同院の単立を決意するに至つたところ、前記一部の不良檀徒は、これを奇貨として旧曹洞宗に対し原告罷免の請願書を提出したのである。右のとおり、原告が少数の花学院檀徒から排斥を策されたことはあつたが、住職任免規程第十一条に規定するような罷免事由の如きは、全く存しなかつたのである。

(五)  しかして、花学院の主管者は、同院の住職の地位にあることを要件としていたから、原告が右同院の住職の地位を喪失する限り、その主管者たる地位も喪失すべきものたるところ、被告曹洞宗が原告に対してなした花学院の住職罷免が、前に述べたとおり、いずれの点よりするも無効である以上、原告は、なお、花学院の住職にして、かつ、その主管者たるの権限を有するものである。

(六)  しかるに、被告服部は、昭和二十九年六月二十三日静岡地方法務局浜松支局において、同被告が花学院の代務者を退任し、右同院の主管者に就任した旨の登記手続をなした。

(七)  以上のとおり、被告等は原告の主管者たることを争うので、原告は、被告等に対し原告が旧令による宗教法人花学院の主管者としての権限を有することの確認及び被告服部に対し右花学院についてなした主管者退任、代務者就任及びその退任、主管者就任の各登記の抹消登記手続を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。

二、被告等の答弁

被告等訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

原告の主張事実のうち

(一)の事実については、原告が旧令による宗教法人花学院の住職にして、かつ、その主管者であつたことは認めるが、現に、同院の住職及び主管者の地位にあることは否認する。

(二)の事実は認める。

(三)の(1) の事実については、山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎、藤田森治がいずれも花学院の檀徒総代であつたこと、右花学院の主管者であつた原告が原告主張の日被告曹洞宗に対し被包括関係廃止の意思表示をなし、該意思表示が原告主張の日右被告に到達したこと及び原告が花学院の主管者として静岡県知事に対してなした花学院寺院規則案の認証申請が却下され、現に文部大臣に対して訴願中であることは認めるが、右檀徒総代の任期が満了したこと、夏目武夫、小久保義一及び村里富音が右同院の檀徒総代に選任されこと、右同院が檀徒総代の同意を得て新法による宗教法人花学院寺院規則案を制定し、かつ被告曹洞宗との被包括関係の廃止を決定したこと及び右同院が原告主張の日被告曹洞宗との被包括関係から離脱したとの事実は、いずれも否認する。その余の事実は知らない。

(三)の(2) ・(3) の事実については、住職任免規程第十一条が住職の罷免を規定していること及び宗教法人「曹洞宗」規則第六十条が原告主張の如き規定であることは認めるが、その余の主張は否認する。なお、

(1)  或る宗派とその所属寺院との間に生じた包括関係は、宗教上の関係に属し、しかも、包括法人たる宗派がその所属寺院の住職に対する任免権を有することは、宗義の宣伝、弘布、帰依者の指導等宗教的活動ないし団体的統制上不可欠のものである。このことは、世界各国の実情に照し、或は我国の住職任免に関する諸法令の変遷に徴して明白であるばかりでなく、宗派が被包括寺院に対してかような自律権を持たない限り、信教の自由はこれを保ち得ないのである。

(2)  ところで、新法は、宗教法人の経済的活動の面たる財産の維持及びその運営における主体性を明確にすることを、その目的として制定されたものであつて、宗教法人の宗教的活動そのものに属する住職任免の如きものまでも干渉するものではない。

(3)  従つて、被告曹洞宗が、宗法規中に、その所属寺院住職の任免に関する規定を設け得ることは当然のことであるから、特にこれにつき文部大臣の認証を受くべきいわれもないし、また、その認証事項でもない。況して、被告曹洞宗が住職任免規程を適用し得べき場合を、被包括寺院がその旨を規則中に規定して所轄庁の認証を得たときに限るべき筋合はない。

(三)の(4) の事実については、花学院の住職たる原告罷免の意思表示が花学院の被告曹洞宗に対する被包括関係廃止の意思表示後になされたこと及び被告服部が花学院の代務者として静岡県知事に対し新法による宗教法人花学院寺院規則案の認証を申請したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告曹洞宗は、後記のとおり、昭和二十七年八月七日附をもつて花学院の住職たる原告を罷免するとともに、被告服部をその代務者に任命したので、被告服部は、花学院を新法による宗教法人として存続させるため同院の檀徒総代及びその余の全檀徒と協議のうえ、新法による宗教法人花学院寺院規則案を作成して、所轄庁たる静岡県知事に対してその認証を求めたが、原告の妨害によつて却下され、現に文部大臣に対して訴願中である。従つて、右規則案の認証申請は、被告服部が花学院の代務者として有した正当な権限に基く行為であつて、原告の主張するように単立の妨害を図つた不当のものではない。

また、原告は花学院の主管者としてなした同院と被告曹洞宗との被包括関係の廃止、換言すれば、同被告からの離脱による宗派の変更が、花学院檀徒の意思に反し、かつ、これにつき檀徒総代の同意のなかつたことは、後記のとおりであるが、このような場合にも、なお被告曹洞宗からの離脱が許されるものとするなら、原告の右行為は、花学院檀徒の信教の自由を強制的にじゆうりんするものといわなければならず、新法第七十八条の規定と雖も、原告のこのような独断的行為を認めたものとは、到底解することができない。

三の(5) の事実は否認する。

旧曹洞宗は、花学院檀徒の大多数から同院の住職たる原告に対する不信任の表示を受けた。そこで、右曹洞宗の権利義務を承継した被告曹洞宗は、原告に対する処分を留保して後記のとおり静岡県曹洞宗第四宗務所長鶴見密禅に対し事実の調査を兼ねて原告と右檀徒との紛争を、平穏裡に解決するよう指示したので、鶴見密禅は右指示に従つて事を解決すべく努めたが、原告はこれに応せず、徒に檀徒との反目を続けた。よつて、被告曹洞宗は、昭和二十七年七月五日原告に対し罷免事由につき弁明を求めるため同月十一日に出頭するよう通知したにもかかわらず、原告はこれに応じなかつたものであるから、本件罷免を目して権利の濫用なりとする原告の主張は当らない。

(四)の(1) の(イ)の事実については、住職任免規程が原告に適用されないとの点を争う。

(四)の(1) の(ロ)の事実については、住職任免規程が花学院を含めた旧令による宗教法人たる寺院の住職には適用されないとする点を否認する。

(四)の(2) の事実については、花学院檀徒が旧曹洞宗に対し原告罷免の請願書を提出したことは認める。その余の事実は争う。

(五)の事実については、花学院の主管者が同院の住職の地位にあることを要件としていたこと及び原告が同院の住職たるの地位を喪失する限り同時にその主管者たる地位をも喪失することは認めるが、花学院の住職たる原告に対する罷免が無効であり、従つて原告がなお同院の住職にして、かつ、その主管者であるとする点は否認する。

(六)の事実は認める。

三、被告等の主張

被告等訴訟代理人は、次のとおり、陳述した。

(一)  被告曹洞宗は、旧曹洞宗が昭和二十六年十一月十二日規則変更の方法により制定した宗教法人「曹洞宗」規則につき、同二十七年二月二十八日所轄庁たる文部大臣の認証を受け、同年三月三日設立登記手続を終えて設立された新法による宗教法人であつて、旧曹洞宗の有した一切の権利義務を承継したものであるが、原告が主管者であつた旧令による宗教法人花学院とは包括関係にあつたものである。

(二)  花学院の主管者たる原告が、昭和二十七年六月十四日附書面をもつてなした被告曹洞宗に対する被包括関係廃止の意思表示は無効である。すなわち、

(1)  旧令による宗教法人たる寺院が、その有する被包括関係を廃止できるのは、新法附則第五、第六項の規定により新法による宗教法人となることに伴う場合に限るものであるところ右被包括関係の廃止は旧令による宗教法人たる寺院の規則の変更であるから、右の手続については、新法附則第十四項、旧令第六条の規定により檀信徒総代の同意を得なければならない。蓋し、寺院は住職と檀信徒とによつて護持される信仰の道場であつて住職個人の私有物ではなく、しかも、檀信徒の所属する寺院が如何なる宗派に属すべきかということは、信教上重要な事柄に属し、住職の個人的希望によつて左右し得るものではないからである。

(2)  ところで、原告は、花学院が被告曹洞宗との被包括関係を廃止するに当つては新に花学院の檀徒総代として選任された夏目武夫、小久保義一及び村里富音の同意を得たというが、花学院の住職たる原告がその檀徒総代を選任するに当つては花学院規則第二十四条「総代ハ檀徒、信徒ニシテ衆望ノ帰スル者ニ就キ現任総代ニ諮リ住職之ヲ選任ス」及び第二十五条「総代ハ任期満了後ト雖モ後任者就任ニ至ル迄ソノ職務ヲ行フモノトス」との規定に遵つて、花学院の檀徒にして衆望の帰する者のうちから、前任総代たる山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治に諮つたうえで任命すべきものなるところ、原告が新に檀徒総代に選任したという夏目武夫、小久保義一及び村里富音は、いずれも、檀徒ではなく、檀徒中右三名を見知る者もないのみならず、その選任に当つては、前任総代たる前記四名の者に諮つてもいない。従つて、右檀徒総代の選任は、檀徒でない者を檀徒総代に選任した点衆望の存しない者を檀徒総代に選任した点及び前任総代に諮つていない点において、前記寺院規則の規定に反して無効である。

(3)  仮に、右選任が有効になされたとしても、檀徒総代は寺院の干与者に該当するものであるから、被告曹洞宗に対してその旨の届出を要すべきところ、花学院は、いまだそのような手続を践んでいないから、新檀徒総代と称する前記三名の者は、花学院の檀徒総代たる資格を取得していない。

(4)  従つて、当時の花学院檀徒総代は、山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治の四名であつたというべきであるから、花学院の被告曹洞宗に対する被包括関係の廃止につき前記夏目武夫、小久保義一及び村里富音の同意を得たとしても、前記被包括関係の廃止につき必要とされるところの檀徒総代の同意を得たことにはならない。しかして、前記山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治は、いずれも被告曹洞宗の教義を信奉し、同被告に所属することを熱望するものであつて、しかも、後記のとおり、原告に対する不信任を表明してその罷免を求めるものであるから、花学院の被告曹洞宗に対する被包括関係の廃止に同意することはあり得ない。

よつて、花学院の被告曹洞宗に対してなした被包括関係廃止の意思表示は、その主管者であつた原告が独断でなした無効のものというべきであるから、花学院は、なお、被告曹洞宗と被包括関係にあるものというべきである。

(三)  被告曹洞宗は、住職任免規程第十一条の規定に基いて昭和二十七年八月七日附をもつて、花学院檀徒の大多数から不信の表示を受けた原告を、花学院の住職として不適当と認めて罷免したものであるが、右罷免が適法になされたことは、次に詳言するとおりである。

(1)  旧曹洞宗が、新法による被告曹洞宗として存続する旨の決定及び同被告の規則制定は、旧曹洞宗においてなすべきものであつた。そこで、旧曹洞宗は、昭和二十六年十一月十二日宗教法人「曹洞宗」規則、曹洞宗々憲とともに、住職任免規程を制定し、同二十七年二月八日発布、同月十日発行の曹洞宗々報に掲載し、もつて、所定の公告手続を終え、同年三月三日から右「曹洞宗」規則とともに施行された。従つて、住職任免規程は、右同日以降宗法規として効力を生じたものであるから、被告曹洞宗の所属寺院である花学院の住職たる原告も、その適用を免れることはできない。

(2)  しかして、

(イ) 原告は、花学院の住職たる地位にありながら、布教等宗教的行事を怠つて農業織布業にのみ専念していたので、花学院の建物等は信仰の道場としてよりも、原告一家の右事業のために使用されることが多く、時折り檀徒から葬式、年忌等を依頼されると法外な布施を強要していたため、檀徒の住職たる原告に対する不信任の念は強かつた。

(ロ) ところが、原告は、花学院の主管者として昭和二十七年二月八日附書面をもつて旧曹洞宗に対し花学院の右曹洞宗に対する被包括関係の廃止を通告するに至つたが、これにつき檀徒総代たる山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治の同意すら得なかつたため、同院の檀徒一同は同年二月二十四日殆んど全部の檀徒の出席のもとに開催された檀徒総会において、全員一致して右被包括関係の廃止に反対であること及び原告に対する不信任を決議したうえ翌二十五日には檀徒総代が原告を訪れて反省を求めたが原告がこれに応じなかつたので、同月二十七日右総代を始め檀徒全員が連署して旧曹洞宗に対し、花学院の住職たる原告の不信任を表示してその罷免を要求するに至つた。

(ハ) そこで、旧曹洞宗の権利義務一切を承継した被告曹洞宗は、原告に対する処分を一時留保して、取りあえずその出先機関たる静岡県曹洞宗第四宗務所長鶴見密禅に対して事実の調査並びに原告と右檀徒との紛争を平穏裡に解決するよう指示し右鶴見は、右指示の達成に努むべく、花学院の法類総代である被告服部とともに原告の反省を求め、或は檀徒との融和に努むべきことを説き、他方、原告の反省を期待していた全檀徒は、昭和二十七年三月十七日花学院に参集して飜意を求めたが、原告は、これに応ぜずして、徒らに檀徒との反目を続けた。

(3)  ところで、

(イ) 旧曹洞宗々法に規定されていた懲戒に関する事項は、被告曹洞宗の設立に伴い、曹洞宗褒賞及び懲戒規程と住職任免規程に分けて規定されるに至つたが、右宗法第五百七十九条第十号が懲戒事由として規定した「檀信徒大多数ヨリ宗務庁ニ対シ不信任ノ申告ヲ為シ宗務庁ニ於テ其寺住職トシテ不適任ナリト認メタ」場合は、住職任免規程第十一条により住職罷免事由とされ、「住職が檀信徒の大多数から不信任の表示を受け宗務庁で住職として不適当であると認めた」場合として規定された。

(ロ) しかるに、宗教法人「曹洞宗」規則附則第十項には、旧令による宗教法人たる寺院については特別の事由のない限り前記旧曹洞宗々法の規定によるべき旨が定められると同時に、曹洞宗褒賞及び懲戒規程は、その附則第二項において、「この規程施行前の行為については従前の規程を適用する。但し、行為者の利益となる事項についてはこの規程を適用する。」と規定しているところ、住職の罷免は、これにより住職たるの地位を喪失するに止り、僧侶たるの身分まで失うものではないのに反し、懲戒は、僧侶の分限に関するものであつて、これにより住職たる地位を失う場合のあるのはもち論、他の寺院若しくは教会に転住することもできないのであるから、前者は後者に比し住職にとり利益であることは明らかである。従つて、本件の如く、檀徒の大多数による不信任の表示があつた場合は、懲戒事由から住職罷免事由に変つたけれども、なお、右規程附則第二項の規定に準じて、旧曹洞宗々法の規定によらずに原告に有利な住職任免規定第十一条の規定を適用すべきものである。のみならず、被告曹洞宗は、その運営について立法、司法、行政の三権分立主義を採用し、規則、規程の制定は宗会をして行わしめ、事務の執行は宗務庁をして管掌させるとともに、宗制の厳正を保ち宗門の秩序を維持するために宗制の解釈、宗門の懲戒及び紛議の審判、調整を行う機関として審事院を設け、宗制に関する右審事院の解釈は他の機関を拘束するものとされていたところ、審事院は、旧曹洞宗々法の施行当時、信徒の多数によつて住職不信任の表示がなされた場合にも、その後施行された住職任免規程第十一条の規定を適用すべきものであるとの解釈を示したので、被告曹洞宗としては、花学院檀徒の大多数から不信任の表示を受けた原告に対して住職任免規程第十一条の規定を適用せざるを得ないのである。

(4)  よつて、被告曹洞宗は、原告に対する罷免事由につきその弁明を求めるため、昭和二十七年七月五日附書面をもつて原告に対し、同月十一日午前十一時までに宗務庁に出頭するよう通知したが、原告はこれに応じなかつたので、調査の結果原告は花学院檀信徒の大多数から不信任の表示を受け、かつ花学院住職として不適当と認め、被告曹洞宗の代表者たる管長の名において、同年八月七日花学院の住職たる原告を罷免する旨の意思表示をなし、右意思表示は同月十二日原告に到達した。

以上のとおり、被告曹洞宗が、原告に対してなした花学院住職の罷免は適法かつ有効なものである。

しかして、花学院の主管者は、同寺の住職たることを要件としていたから、原告は、右罷免が効力を生じた昭和二十七年八月十一日限り、花学院の主管者たる地位も失つた。

(四)  原告に対する本件罷免は、原告が被告曹洞宗と包括関係にある花学院檀徒の大多数から不信任の表示を受けたので、被告曹洞宗が調査の結果、原告を花学院の住職として不適当であると認めてなしたものであるから、右罷免は、被告曹洞宗の宗門自律権に基く自治的行政処分であつて、新法第七十八条第一、第二項の適用を受くべき限りではない。なんとなれば、新法第一条、第八十五条は、信教の自由を保障した憲法第二十条の当然の帰結として、信教の自由に対しては国家機関と雖も干渉してはならない旨を規定し、もつて、宗教団体の内部関係は宗派内の自治権の行使に俟ち、国家と雖も干渉することはできないものとしているところ、被告曹洞宗の如き宗派が、これに所属する寺院住職に対する任免権を有することは、団体的統制ないし宗教的活動において必須不可欠のものであつて、原告に対する本件罷免は、被告曹洞宗がその宗門の自律権に基いて制定した宗法規たる住職任免規程に基くからである。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当として、棄却さるべきものである。

四、被告等の主張に対する原告の答弁

原告訴訟代理人は、被告等の主張に対し、次のとおり陳述した。

被告等の主張事実のうち、被告曹洞宗が被告等主張の如き手続を経てその主張の日に設立された新法による宗教法人にして旧曹洞宗の有した一切の権利義務を承継したものであること、被告曹洞宗の宗教法人「曹洞宗」規則、曹洞宗々憲、住職任免規程の制定及びその発布、公告、施行が被告等主張のとおりなされたこと並びに住職任免規程第十一条、旧曹洞宗々法第五百七十九条第十号の規定の内容が、被告等主張のとおりであること、原告が農業、織布業に従事していたこと、原告が花学院の主管者として昭和二十七年二月八日附書面をもつて旧曹洞宗に対し被包括関係廃止の意思表示をなしたこと、同年三月十七日檀徒の一部が花学院に原告を訪れたことは、いずれも、認める。被告等主張の花学院寺院規則(乙第三号証)はその後改正されて甲第一号証の二が現行の花学院寺院規則である。その余の事実並びに主張は、すべて争う。

(一)  花学院の檀徒総代たる山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治の任期は前記のとおり昭和二十七年六月十一日限り満了したので花学院の住職たる原告は檀徒総代の改選をなすべく、同日右四名を自宅に訪れ、檀徒総代候補者たる夏目武夫、小久保義一及び村里富音の氏名を挙げて、これを諮つたものであるから、右檀徒総代の選任は、原告が独断でなしたものではない。ところで檀徒総代は、寺院の経営に関しその住職を扶くべき地位にあるにもかかわらず、前任檀徒総代たる右四名のうちの一、二名の者は、前話(一の(四)の(1) )の如き事情から、花学院の住職たる原告の迫害を事とし、原告が住職なる限り在任を欲しなかつたものであるから、原告が新檀徒総代の選任に当つてこれを右前任総代に諮つたとしても、到底満足な答申を得られないことは明らかである。従つて、このような場合においては、仮に前任総代に諮らずして花学院の檀徒総代の選任をなしたとしても、その違法を咎めらるべき理由はないのである。

(二)  被包括関係の廃止は、宗派に包括されている寺院の住職の布教、伝導等信仰そのものが、宗派によつて拘束され、時に歪曲されて良心に背く場合に、これから離脱する方途として認められたものであつて、憲法第二十条に規定する信教の自由の延長である。しかして、花学院の住職たる原告は、釈迦牟尼仏以来の正当なる仏法を伝えた道元禅師の教えを、仏祖相承嫡々相承して、その系統の維持に努めていたものであるが、その教義によれば、「称号を用いることは仏道の魔である。」として、称号の選定使用について固く戒しめるところがあつた。しかるに、被告曹洞宗は、右教義に反して「曹洞宗」なる名称を用いている。また、曹洞宗においては、高祖の永平寺系統の者と太祖の総持寺系統の者とが、宗内支配権の争奪に終始しているため、宗内を包括法人たる被告曹洞宗の支配力によつて結集せんとする傾向があり、ために、本来平和たるべき信教生活に波乱と紛争が絶えない。そこで、花学院は、被告曹洞宗の支配下に存する限り、道元禅師の教えが歪曲されるおそれがあるため、被告曹洞宗との被包括関係を廃止するに至つたのである。

また、花学院が、同被告との被包括関係を廃止することは、単に、被告曹洞宗の宗派行政の圏外に立つというだけであつて、何等信教の自由そのものにもとるものではない。蓋し、花学院が右被告との被包括関係を廃止しても、教祖道元禅師の法孫としてその教えを奉ずることも、また「曹洞宗花学院」と称して曹洞宗の教義を宣布し、諸儀式を行うことも妨げるものではなく、かつ、本山、本寺及び末寺の関係は全く従前のとおりであつて、信仰そのものの内容については、些も従前と異るところは存しないし、まして、住職と雖も檀信徒に信仰を強制することはできないからである。

(三)  次に、被告等は、原告に対する本件罷免に当つては住職任免規程第十一条の規定を適用すべきものであると主張するが、本件罷免は、旧曹洞宗々法施行当時になされた檀徒の不信任の表示に基くものであるから、同法第五百七十九条第十号を適用すべきものである。蓋し、右同号の規定による懲戒は、旧令による寺院の主管者たる地位に変動を及ぼすのに反し、住職任免規程第十一条による住職の罷免は、結局、新法による宗教法人の代表役員たるの資格を喪失させるにすぎないものであつて、住職任免規程の前記規定による住職の罷免と、旧曹洞宗々法の右規定に基く住職に対する懲戒とは、性質、効果を異にするものであるから、旧曹洞宗々法第五百七十九条第十号によつて原告を懲戒に付するは格別、原告に対する本件罷免をなすのに住職任免規程第十一条の規定を適用したのは、準拠すべき条項を誤つた失当なものといわなければならない。のみならず、被告曹洞宗の傘下に止まることを欲しない原告にとつて、住職任免規程の規定を適用することが、旧曹洞宗々法の規定を適用するよりも利益であるというが如きことは到底考えられるものではない。

(四)  また、被告等は、原告に対する本件罷免は宗内自律権に基く自治的行政処分であるというが、我が国においては、従来憲法を超越するが如き宗内自律権ないし自治権なるものは存しなかつたし、また、憲法第二十条の規定も、宗教上の包括団体に、被告等主張のような宗内自律権を認めたものとは考えられない。しかして、包括団体たる宗教法人が被包括法人に臨むのに憲法を超越した自治権をもつてしなければ、信教の自由が保てないということはあり得ないから、信教の自由に関する憲法の右規定及び新法第八十五条の規定から、当然に、いわゆる宗内自律権ないし自治権なるものが生ずるものではない。

第二、証拠関係

原告訴訟代理人は、立証として、甲第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし五、第三、第四号証、第五号証の一ないし四、第六ないし第十二号証、第十三号証の一ないし三、第十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証、第十七ないし第十九号証の各一、二、及び第二十ないし第二十四号証を提出し、証人鳥井さの、鳥井一知、夏目武夫、小久保義一の各証言並びに原告本人尋問の結果を援用し乙第一ないし第三号証、第七号証、第十四号証、第十七ないし第二十号証、第二十二号証の三の各成立及び乙第十三号証の原本の存在並びにその成立は、いずれも認める。その余の乙号各証の成立は、いずれも知らないと述べた。

被告等訴訟代理人は、立証として、乙第一ないし第十号証、第十一十号証の一、二、第十二ないし第二十一号証及び第二十二号証の一ないし三を提出し、証人山下大二、藤田森治、藤谷荘太郎、藤谷一一、竹村貞次郎、田口啓作、藤村重作、藤谷愛次、鈴木亮一、稲垣信雄、山下博仁、山下真一、山下海介、鶴見密禅、鈴木拙光、木全大孝、本多喜禅、来馬道断、佐々木 翁の各証言及び被告本人服部芳雄本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の三、四、第三号証、第十三号証の二、三、第十五号証の一、二、第十六号証、第十九号証の二及び第二十一ないし第二十三号の成立並びに甲第一号証の一の登記所受附印、第二号証の一の税務署受附印、第八号証の郵便局長証明部分、第十二号証の被告服部名下の印影部分の成立は、いずれも認めるが、その余の甲号各証(但し、甲第一号証の一、第二号証の一、第八号証、第十二号証中前記成立を認める部分を除く。)の成立はいずれも知らないと述べた。

理由

原告がもと被告曹洞宗に所属していた旧令による宗教法人花学院の住職にしてその主管者であつたこと、被告曹洞宗は昭和二十七年三月三日新法によつて設立された宗教法人にして旧曹洞宗の有した一切の権利義務を承継したものであること、同被告が住職任免規程第十一条の規程に基き同年八月七日原告に対し花学院の住職を罷免する旨の意思表示をなし該意思表示が同月十二日原告に到達したこと及び花学院の主管者が同院の住職の職にあることを要件としていたため右住職の地位を失つた場合には同時にその主管者たるの地位をも喪失することは、いずれも、当事者間に争いがない。

そこで、原告が、なお花学院の主管者たる地位を有するかどうかを判断するに当つては、原告に対する前記住職の罷免が有効になされたかどうか、換言すれば、花学院がなお被告曹洞宗と被包括関係にあるかどうか、被告曹洞宗が原告に対する右罷免に当り住職任免規程第十一条の規定を有効に適用し得べきものであるかどうか、右規定に該当する罷免事由存在の有無及び右罷免が新法第七十八条第一項に抵触し、もしくは権利の濫用に該当するかどうかについて検討を要すべきことは、当事者双方の主張に徴して明らかであるから、以下、順次に判断する。

第一、花学院の被告曹洞宗に対する被包括関係の廃止について

一、原告は、花学院と被告曹洞宗との被包括関係は昭和二十七年六月十六日限り廃止されたからその後被告曹洞宗は花学院の住職たる原告を罷免することはできないと主張するので、先ず、右被包括関係廃止の点について判断する。花学院の主管者たる原告が昭和二十七年六月十四日被告曹洞宗に対し花学院の同被告に対する被包括関係を廃止する旨の意思表示をなし、該意思表示が同月十六日被告曹洞宗に到達したこと及び花学院の主管者たる原告が静岡県知事に対し宗教法人花学院規則の認証を申請したところ却下され、現に文部大臣に対し訴願中であることは、当事者間に争いがなく、証人夏目武夫の証言によつて成立を認める甲第九、第十号証、証人鳥井一知の証言によつて成立を認める甲第十一号証、原告本人の供述によつて成立を認める甲第七号証、第十三号証の一、証人鳥井さの、鳥井一知、夏目武夫、小久保義一の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、花学院の住職にして、かつ、その主管者たる原告は、同院の檀徒総代山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治の任期がすでに満了したので、昭和二十七年六月十二日新に夏目武夫、小久保義一及び村里富音の三名を右同院の檀徒総代に選任し、同月十三日右新檀徒総代三名の同意のもとに花学院が新法による宗教法人として存続するための宗教法人花学院規則案の制定及び花学院が従来所属していた被告曹洞宗との被包括関係の廃止を決定したこと並びに翌十四日から十日間花学院掲示場において右宗教法人花学院規則案とともに、新法による宗教法人花学院の設立及び被告曹洞宗との被包括関係の廃止を公告したうえ、同年八月二十日所轄庁たる静岡県知事に対し、右規則案の認証を申請した事実を認定することができ、他に、これを覆えすに足る証拠はない。

二、被告等は、花学院の被告曹洞宗に対する被包括関係の廃止については同院の檀徒総代の同意を要すべきところ原告がこれについて同意を得たと称する新檀徒総代夏目武夫等三名の者はいずれも花学院の檀徒ではなく、また檀徒の衆望を担うものではないのみならず、その選任に当つては前任総代に諮つていないから、右新檀徒総代の選任は花学院寺院規則第二十四条の規定に反して無効であり、従つて、右三名の同意のもとになされた前記被包括関係廃止の意思表示は無効である。と主張する。

(一)  そこで、先ず、花学院の檀徒総代たるの要件並びに手続について考えると、成立に争いのない乙第三号証(花学院寺院規則。原告は、右規則はその後改正され、甲第一号証の二が現行花学院寺院規則であると主張するが、原告本人の供述をもつてしても、原告主張の寺院規則が、乙第三号証の寺院規則第四十四条の規定に基いて改正されたとは認められず、他に、原告の主張事実を認めるに足る証拠はない。)には、「総代ハ檀徒ニシテ衆望ノ帰スルモノニ就キ現任総代ニ諮リ住職之ヲ選任ス」(第二十四条)、「総代ノ任期ハ四年トス。総代ハ任期満了後ト雖モ後任者就任ニ至ルマデ仍其ノ職務ヲ行フモノトス」(第二十五条)と規定し、更に檀徒に関し、「本寺院ノ檀徒トハ曹洞宗ノ宗意ヲ信奉シ一家ノ法要儀式ヲ委託スル者ニシテ檀徒名簿ニ登録セラレタル者ヲ謂フ」(第二十一条)、「檀徒及信徒ハ本寺院外護ノ任ヲ尽スベキモノトス」、(第二十三条)と規定し、成立に争いのない乙第二号証(曹洞宗々憲第三十三条)に、「本宗の宗旨を信奉し、寺院に所属し、当該寺院住職の教化に依遵するのほか本宗及びその寺院の護持の任に当るもので、その寺院の檀徒名簿に登録されたものを檀徒という」と規定しているところによれば、化学院の檀徒総代は、花学院の住職が同寺の檀徒、すなわち、曹洞宗の宗旨を信奉し花学院住職の教化に依遵して一家の法要儀式を同院に委託し、曹洞宗及び花学院の護持の任に当り、かつ、檀徒名簿に登録された者のうちから、檀徒の衆望を担う者につき、現任総代、若しくは総代の職務を行う前任総代に諮つて選任さるべきものであることが認められる。

(二)  進んで、花学院の住職たる原告が選任したと称する新檀徒総代夏目武夫、小久保義一及び村里富音の三名が、右同院の檀徒であるかどうかについて考えるに、原告本人の供述により成立を認める甲第二十号証、証人夏目武夫、同小久保義一の各証言、原告本人の供述によると、右三名は花学院の檀徒名簿に登録された同院の檀徒であることが認められる。被告は右三名は同院の檀徒ではないと主張し、乙第十八号証、第二十二号証の一、証人山下大二、藤谷荘太郎、藤田森治、藤谷一一、竹村貞次郎、田中啓作、稲垣信雄、山下博仁、藤谷愛次、山下真一、山下海介及び被告本人服部芳雄の各供述を綜合すると、恰も、被告等の主張事実を肯認し得るかの如くであるが、被告本人服部芳雄の供述によると、乙第十八号証(檀信徒職業調査報告書)の昭和二十一年三月一日現在における花学院檀徒は三十三名で全部農林水産業に従事している旨の記載(新檀徒総代と称する前記三名の者が、いずれも、右の職業に従事していないことは後に説示するとおりである。)は花学院の旧曹洞宗に対する宗費の負担を軽くする関係上、正確に檀徒数及びその職業を記載したものでないことが認められるし、また、乙第二十二号証の一(花学院檀徒名簿)は、従前から花学院に備付けられた檀徒名簿ではなく、被告服部が花学院の代務者に就任後の昭和二十七年八月十五日に作成したものであることは、その記載自体に徴して明らかであるから、右乙号各証の記載をもつて、直ちに、被告等の主張事実を確認することはできないのみならず、前記の各供述は、証人鳥井さの、鳥井一知、夏目武夫、小久保義一、原告本人の各供述並びに本件口頭弁論の全趣旨に照して、たやすく措信できず、他に、被告等の主張事実を確認するに足る証拠はない。もつとも、新檀徒総代と称する前記三名の者が、花学院に墓地も位牌もなくまた、他の檀徒と面識すら有しなかつたことは、後記認定のとおりであるが、この事実だけから、右三名の者が花学院の檀徒でないと断定して前記認定を覆えすことはできない。従つて、この点に関する被告等の主張は採用しない。

(三)  次に、新檀徒総代と称する前記三名の者が、花学院檀徒の衆望を担う者であるかどうかについて判断する。成立に争いのない乙第十八、第十九号証、第二十二号証の三、被告本人服部芳雄の供述によつて成立を認める乙第二十二号証の一、証人田口啓作の証言によつて成立を認める乙第十二号証、原告本人の供述によつて成立を認める甲第十八号証の二、証人山下大二、藤田森治、藤谷荘太郎、藤谷一一、竹村貞次郎、田口啓作、藤谷愛次、稲垣信雄、山下博仁、山下真一、山下海介、鳥井一知、夏目武夫、小久保義一の各証言及び被告本人服部芳雄尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すること、

(イ) 花学院は、古くよりその所在地たる静岡県浜名郡入野村西鴨江の農家(一部)の菩提寺として護持されてきたものであるが、現在においても、同所には、その分家(新家)等を含めた四十数名の檀信徒が居住し、その数は檀信徒(後記参照)の総数の約九割に達すること、

(ロ) 花学院新檀徒総代と称する夏目武夫は、愛知県豊橋市北島町字北島二百三十九番地に、小久保義一は、同市小池町字西海戸二十六番地に居住して、いずれも、国鉄豊橋駅に勤務し、村里富音は、静岡県浜松市寺島町二百七十三番地で織布業を営むものであること、従つて、右三名の者は、他の花学院檀徒の大多数と住所、生業を異にすること、

(ハ) 右三名の者は、いずれも、原告ないしその兄弟等を通じて入檀するに至つたもので、その日数も比較的浅く、しかも、花学院には墓地も位牌も有せず、右同院の法要等の儀式には殆ど参列しなかつたので、同院の他の檀徒とは面識もなかつたこと、

(ニ) 右三名の者は、原告によつて花学院檀徒総代に選任されて間もなく、花学院の被告曹洞宗に対する被包括関係廃止決定に同意したため、これに反対する大多数の檀徒と反目していること、

を認めることができ、他に、これを覆えすに足る証拠はない。

以上の認定事実によると、夏目武夫、小久保義一及び村里富音は、いずれも、花学院檀徒の衆望を担う者とは、到底認めることができない。(このことは、原告が当時の檀徒総代山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎、藤田森治宅を各訪問して、夏目武夫等右三名の者を、花学院檀徒総代として選任すべきことを諮つた際、いずれからも同意――檀徒総代の選任に当つては、現任総代等に諮れば足り、必しもその同意を要しないとしても、――を得られなかつた事実この点については、証人山下大二、藤谷荘太郎、藤田森治、藤谷一一、鳥井さの、鳥井一知及び原告本人の供述を綜合して認める。――によつても、窺知することができる。)

してみると、花学院の住職たる原告が、昭和二十七年六月十二日夏目武夫、小久保義一及び村里富音に対してなした花学院檀徒総代の選任は、被告等その余の主張について判断するまでもなく、花学院寺院規則第二十四条の規定に違反して無効なものといわなければならないから、右三名の者は、花学院の檀徒総代たるの資格を取得するに由なきものというべきである。しかして、右選任当時、花学院の檀徒総代であつた山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治の任期が、すでに満了していたことは、前記認定のとおりであるから、右四名の者は、前記花学院寺院規則第二十五条によつて、なお、花学院檀徒総代の職務を行うべき地位にあつたものというべきであり、従つて、花学院の主管者たる原告が、新檀徒総代と称する夏目武夫等前記三名の同意のもとになした被告曹洞宗との被包括関係廃止の決定は、新法附則第十四項、旧令第六条前段の規定に反して無効なものというべきである。

それならば、花学院の主管者たる原告が、右決定に基いて被告曹洞宗に対してなした被包括関係廃止の意思表示も、また無効であることは明らかであるから、花学院は、いまなお、被告曹洞宗と被包括関係にあるといわなければならない。

第二、住職任免規程第十一条の規定について

一、次に、被告曹洞宗が、原告に対する本件罷免につき、住職任免規程第十一条の規定を適用し得べきものであるかどうかについて考えてみると、住職任免規程は、旧曹洞宗が新法による被告曹洞宗となるために昭和二十六年十一月十二日制定され宗教法人「曹洞宗」規則とともに制定され、同二十七年二月八日発布、同月十日発行の曹洞宗々報に掲載して公告のうえ、被告曹洞宗の設立登記のなされた同年三月三日から、被告曹洞宗の宗法規として施行されたものであることは、当事者間に争いがない。しかして、花学院が被告曹洞宗と被包括関係にあることは、前に説示するとおりであるところ、前出乙第三号証(花学院寺院規則第四条、第十条、第十四条、第十三条)によれば、花学院は、その寺院規則をもつて、住職は右同院の所属する曹洞宗の管長が任命すべきこと、住職が欠けた場合、徴集、召集、または病気その他の事故によつて三カ月以上住職がその職務を行うことのできない場合には代務者を置いてその職務を行わしめ、曹洞宗の管長がこれを任命すべきことを定めているにもかかわらず、同規則には住職の罷免懲戒等住職の分限に関する事項については何等の規定も設けていないことが認められ、この事実に徴すると、花学院は、その住職代務者の任命のみならず、住職の罷免、懲戒その他分限に関する事項は挙げて花学院を包括する曹洞宗の代表者たる管長に委任しもつて、右管長が宗制に従つてなすべき処分に服することを承認したものと認めることができ、他に、これを覆えすに足る証拠はない。従つて、花学院ないしその住職たる原告が住職任免規程の制定に参加して議決権を行使したことも、またこれを承認した事実もないから、被告曹洞宗は住職任免規程第十一条の規定に基いて原告を罷免することはできない旨の原告の主張は、採用の限りではない。原告は、住職任免規程は被告曹洞宗と包括関係にある新法による宗教法人たる寺院住職の任免を規定したものであるから、旧令による宗教法人たる花学院の住職たる原告には適用がないと主張し、なるほど、乙第一号証(宗教法人「曹洞宗」規則附則第二、第十項)には、「従前の規則は、廃止する。」「従前の規則の規定は、宗教法人法附則第三項の宗教法人に該当する寺院に付ては、この規則施行後も、なおその効力を有する。但し、この規則中の規定に相当するものについてはこの限りでない。この場合においては、この規則中のその相当する規定に従うものとする。」規定しているところからすれば、被告曹洞宗と包括関係にある旧令による宗教法人たる寺院については、右「曹洞宗」規則に規定ある事項を除いて、旧曹洞宗の規則を適用すべきであるようにも見える。しかしながらこれを仔細に検討すると、右に、いわゆる「従前の規則」中には、旧曹洞宗の規則たる旧曹洞宗々憲ばかりでなくこれが施行細則たる旧曹洞宗々法、同宗令等をも包含するものであることは、成立に争いのない乙第十七号証及び前記附則中その余の条項によつて明らかであり、また、前出乙第二号証によると、右「曹洞宗」規則の施行細則として、右規則とともに制定、施行された「規程」中には、例えば、曹洞宗選挙規程の如く、性質上、旧令による宗教法人たる寺院にも適用すべき規程の存すること及びこれ等の「規程」において、これに相当する従前の規程、すなわち、旧曹洞宗々法、同宗令の廃止を定めた規定の存しないにもかかわらず、右宗法、宗令によつて任命された者は、すべて右の「規程」によつて就任したとみなされていること等を斟酌すると、用語の使用につき適切を欠く嫌いはあるが、前記附則第十項にいうところの「この規則」の中には、宗教法人「曹洞宗」規則と同時に制定、施行された曹洞宗々憲(前出乙第二号証)並びに住職任免規程の如く、右規則の施行細則たる「規程」をも包括するものと解するを相当とする。もつとも、右「規程」のうち曹洞宗褒賞及び懲戒規程(前出乙第二号証)のみは、その附則第二項において、「この規程施行前の行為については、従前の規定を適用する。但し、行為者の利益となる事項についてはこの規程を適用する。」と規定しているが、右規定は、懲罰に関する実体規定ともいうべき、右宗法規を、懲罰を受ける者の不利益において適用してはならないという当然の事理を注意的に規定したものと解すべきものであるから、右附則の規定をもつてしては、前記認定を動かすことはできない。従つて、被告曹洞宗は、住職任免規程が施行された昭和二十七年三月三日以降においては対象が旧令による宗教法人である寺院の住職であると否とにかかわらず、住職任免規程を適用し得べきものであるから、原告の前記主張は理由がない、更に、原告は、本件罷免は旧曹洞宗々法施行当時花学院檀徒から旧曹洞宗に対してなされた原告不信任の申告に基くものであるから、右宗法第五百七十九条第十号の規定を適用すべきものであるにもかかわらず、被告曹洞宗は、その後施行された住職任免規程第十一条の規定を適用してなしたものであるから、準拠すべき条項を誤つたとし、その理由を、右両規定の性質の相異に求めている。ところで、本件罷免は、被告曹洞宗が花学院檀徒により旧曹洞宗々法施行当時同法第五百七十九条第十号に該当するものとして、旧曹洞宗に対してなされた原告不信任の申告に基き、その後施行された住職任免規程第十一条の規定により原告を花学院住職として不適当と認めてなされたものであることは、当事者間に争いのないところであるが、右宗法第五百七十九条第十号が「檀信徒大多数ヨリ宗務庁ニ対シ不信任ノ申告ヲ為シ宗務庁ニ於テ其寺住職トシテ不適任ナリト認メタ」場合を懲戒事由として規定し、住職任免規程第十一条が、「住職が檀信徒の大多数から不信任の表示を受け、宗務庁で住職として不適当であると認めた」場合を住職罷免事由として規定していることも、また当事者間に争いのないところであつて、右の事実によると、両者は実質的にその構成要件を同じくするといい得べきのみならずそれ等の規定を適用した場合の効果も、次々に述べるとおり全く異質のものということができない(なお、原告は、旧曹洞宗々法第五百七十九条第十号の規定による懲戒は、旧令による宗教法人たる寺院主管者の地位に変動を及ぼすのに反し、住職任免規程第十一条の規定による住職の罷免は、新法による宗教法人たる寺院の代表役員の資格を喪失させる効果を有し、従つて、右両者は性質を異にすると主張するが、旧曹洞宗ないし住職任免規程の右各規定を適用することによつて、当然に原告主張のような効果を生ずるものとは認められず、むしろ、前出乙第一号証-宗教法人「曹洞宗」規則第六十条-乙第三号証-花学院規則第十二条-乙第十七号証-旧曹洞宗々法第五百七十四条-によると、右主管者の地位の変動ないし代表役員の資格の喪失は、前記各規定とは全く別個の宗制、寺法の規定に基く効果であることが認められる。)から、前記両規定の性質が異つていることを前提とする原告の右主張は採用することができない。もつとも、住職任免規程第十一条の規定を適用することが、前記第五百七十九条第十号の規定を適用する場合に比して原告に不利益である限り、右第十一条の規定を遡及して適用することは、事柄の性質上許されないものといわなければならない。そこで、前記事由の存する場合、右いずれの規定の適用を受けることが原告にとつて利益であるかを考えるに、前出乙第二号証、第十七号証、証人本多喜禅の証言を綜合すると、旧曹洞宗々法は、懲戒を重懲戒と軽懲戒に、更に後者を分限停止謹慎及び譴責に分ち(第五百六十七条、第五百七十条)、第五百七十九条は、前記第十号等の事由を懲戒事由として六月以上二年未満の分限停止に処すべき旨を定め、分限停止に処せられた者は、説教、講義、引導その他衆庶を化導すること、宗内の選挙権被選挙権を行使し、或は宗務に従事すること、寺院干与者たること、寺院、教会に転住もしくは再住すること、大本山、本寺、末寺及び教会の公式法要に参列すること、晋山式、茶毘式、結制安居及び授戒会を修行し、またはこれ等に随喜するの権限を停止され(第五百七十一条)、また、住職、主管者にして一年以上の分限停止に処せられたときは当然その職を失い(第五百七十四条)、更に、宗務布教または教育に従事する役員及び職員並びに宗会議員にして謹慎以上の懲戒に処せられたときは当然その職を失う(第五百七十五条)とされるに反し、住職任免規程第十一条の規定によつて住職を罷免された場合には、単に、当該寺院の住職たる地位を失うに過ぎないことが認められ、右事実によれば原告に対する本件罷免に当つて住職任免規程第十一条の規定を適用したことは、旧曹洞宗々法第五百七十九条第十号を適用した場合に比較し、原告にとつて利益なものであることは明らかであるから、被告曹洞宗が原告に対し住職任免規程第十一条の規定を適用したことは正当であるといわなければならない。原告は、この点に関し、被告曹洞宗の傘下に留まることを欲しない原告にとつて、いずれの規定を適用することが、利益であるかというが如きことは考えられないと主張するが、元来、新、旧いずれの規定を適用すべきかについてなさるべき利益、不利益の考察は、右両規定を抽象的に観察して定むべきものであつてその適用を受くべき個人の具体的事情の如きは、これを斟酌することを要しないから、原告の右主張は理由がない。

二  次に原告は、住職任免規程第十一条の規定は代表役員の任免につき他の宗教団体を制約する事項に該当するから所轄庁たる文部大臣の認証を要すべきところ被告曹洞宗はこれが認証を得なかつたから無効であるが、仮に、そうでないとしても、右規定に基く住職の罷免は結局代表役員の地位を喪失させるものであるから被告曹洞宗の規則中はこれを規定して文部大臣の認証を要すべきところ、被告曹洞宗は右の規則とは全く別個なる前記規程中の規定したものであるから前記第十一条の規定は新法第十二条第一項第十二号第五号の脱法行為として無効である、と主張する。なるほど、宗教法人「曹洞宗」規則第六十条が「寺院の代表役員は、宗憲により当該寺院の住職の職にあるものをもつて充てる。」旨を規定していることは、当事者間に争いのないところであるから、被告曹洞宗が、所属寺院の住職を罷免した場合には、当該寺院の代表役員の適格性を喪失させる結果、他の宗教団体たる所属寺院の代表役員の任免につき、右寺院を制約するに至るけれども、右の制約は、直接被告曹洞宗が所属寺院住職に対して有する任免権に基くものではなく、寺院の代表役員は当該寺院の住職の職にあるものをもつて充てるとする前記第六十条の規定によるものであり、このことは、寺院の代表役員が必しも寺院住職たるを要しない(新法第十八条、第二十二条参照)ことによつて明らかであるから住職任免規程第十一条の規定が、直ちに、新法第十二条第一項第十二号第五号にいうところの代表役員の任免につき、他の宗教団体を制約する事項に該当するとなすことはできないし、また、被告曹洞宗が前記制約事項を規定した宗教法人「曹洞宗」規則につき、昭和二十七年二月二十八日所轄庁たる文部大臣の認証を得たことは、当事者間に争いのないところであるから、住職任免規程第十一条の規定が、新法の前記規定の脱法行為として規定されたと認めることもできない。従つて、原告の前記主張は、いずれも失当である。

三、原告は更に、住職任免規程第十一条の規定は被告曹洞宗が他の宗教団体の代表役員の罷免についての制約事項を規定したものであるから花学院の住職たる原告においてその適用を受けるためには花学院がその旨を寺院規則中に定めて所轄庁の認証を得べきところ花学院はいまだそのような手続を経ていないから、右規定は花学院ないし原告に対する関係では無効であると主張するが、右第十一条の規定が被告曹洞宗の所属寺院の代表役員の罷免に関する制約事項に該当しないこと、右に説示するとおりであるから、原告の右主張はその前提に誤りがあつて採用することができない。

第三、原告に対する住職罷免事由の存否について

進んで、被告曹洞宗が原告に対してなした花学院住職の罷免につき、住職任免規程第十一条所定の事由が存したかどうかについて判断する。

原告が農業、織布業に従事していたこと、原告が花学院の主管者として昭和二十七年二月八日附書面をもつて旧曹洞宗に対し被包括関係廃止の意思表示をなしたこと、花学院檀徒の一部が旧曹洞宗に対し原告罷免の請願書を提出したこと、同院檀徒の一部が同年三月十七日花学院に原告を訪れたこと及び被告服部が静岡県知事に対し新法による宗教法人花学院寺院規則案の認証を申請したことは、いずれも、当事者間に争いがなく、右事実に、成立に争いのない乙第十八号証、原本の存在並びに成立につき争いのない乙第十三号証、証人鶴見密禅の証言によつて成立を認める乙第四号証、第十一号証の一、二、第十五号証、証人山下大二の証言によつて成立を認める乙第六号証、第十号証、証人田口啓作の証言によつて成立を認める乙第八号証、第十二号証、証人藤田森治の証言によつて成立を認める乙第九号証、被告本人服部芳雄の供述によつて成立を認める乙第五号証、第二十一号証、第二十二号証の一、証人山下大二、藤谷荘太郎、藤田森治、藤谷一一、竹村貞次郎、田口啓作、藤村重作、稲垣信雄、山下博仁、藤谷愛次、山下真一、山下海介、鈴木亮一、鶴見密禅、鈴木拙光、木全大孝、本多喜禅の各証言及び原告本人、被告本人服部芳雄各尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  花学院は、前記のとおり、古くよりその所在地入野村西鴨江の農家の一部の菩提寺として護持されてきたものであるが檀信徒数が少く、昭和二十七年二月以降においても、その数は、約五十名に過ぎなかつたこと。

(二)  原告は、昭和十四年十二月頃右花学院住職に就任したものであるが、右の如き事情のため、同院所有の水田約一町歩の耕作に従事していたところ、原告は、その収穫期に収獲物、農具等を本堂内外に格納したり、或は、また肥桶を花学院境内地内弁天堂裏の池で洗う等のこともあり、殊に、終戦後は山門を畜舎として乳牛数頭の飼育を始め、これを本堂正面玄関口に繋いでいたため、その周囲は排泄物によつて汚され、往々参詣者が足の踏場に困惑したことあり、原告は、更に、花学院所属建物内に綿織機四台を据付けて織布業に励んだため、心ある信者のひんしゆくを招いたこと。

(三)  たまたま、花学院檀信徒の一部の者が、昭和二十七年一月頃原告に対し花学院境内地内に弁天堂の再建を諮つたところ、原告は、当初「観音堂に祀れば足りるから再建の必要はない。弁天堂を建てれば不動産税がかかる。」等と称して反対したが結局、右再建の運びとなり、当初の計画に基き檀信徒の念仏講中寒行托鉢によつて得た浄財金六千円を基金とし、これに寄附金三万余円を得て工事費となし、かつ、檀信徒の労力奉仕のもとに、花学院所有山林から所要木材を調達して工事に着手し、同年二月十五日には入仏式を執行するに至つたが、その際原告は花学院所有の花立等の仏具の使用すら拒んだため、檀信徒は、漸次原告に対する不信の念を抱くに至つたこと。

(四)  しかるに、原告は、昭和二十七年二月八日附書面をもつて旧曹洞宗に対し、花学院の旧曹洞宗に対する被包括関係廃止の意見表示を為したが右被包括関係廃止については、檀徒はもち論、檀徒総代にすら諮らなかつたこと。

(五)  花学院檀徒等は、同月二十三日静岡県旧曹洞宗第四宗務所において、始めて右被包括関係廃止の事実を知つたので、翌二十四日同院の檀徒総代等四十六名出席のもとに開催された檀徒総会において、全員一致のうえ、花学院檀徒一同は旧曹洞宗に所属すべきこと及び原告に対する不信任を決議し、翌二十五日檀徒総代藤田森治等四名の者が、原告を訪れて旧曹洞宗に復帰すべきことを勧告して飜意を求めたが拒絶された。そこで、花学院檀徒等四十八名の者は、連署のうえ同月二十八日旧曹洞宗に対し、前記被包括関係の廃止につき異議申立をするとともに、花学院の住職たる原告に対する不信任を申告してその罷免を求める意思表示をなし、花学院の本寺たる竜巣寺の住職鈴木亮一及びその法類総代たる被告服部も、これを支持したこと。

(六)  そこで、旧曹洞宗の権利義務一切を承継した被告曹洞宗は、その出先機関たる静岡県曹洞宗第四宗務所長鶴見密禅及び被告服部に対して罷免事由の調査並びに原告、檀徒間の紛争を平穏裡に解決するよう指示し、被告服部は、人を介して原告に檀徒との融和に努むべきことを説いたが拒絶された。他方、花学院の前記檀徒等は、昭和二十七年三月頃より原告の執行する葬儀等一切の法要を峻拒し、かつ前記檀徒総代等四名の者は、同月九日原告に対し原告がなした前記被包括関係の廃止に反対である旨を通告するとともに、同月十七日約三十名の檀徒とともに原告を花学院に訪れて、曹洞宗門に復帰すべく飜意を求めたが拒絶された。よつて、右檀徒等は、同年四月より葬儀等一切の法要儀式は挙げてこれを花学院の法類総代たる被告服部に委託したこと。

(七)  花学院の主管者たる原告は、同年六月十三日新檀徒総代と称する前記三名の同意のもとに、被告曹洞宗との被包括関係の廃止を決定したとして、翌十四日同被告に対し被包括関係の廃止を通告するに至つたが、他方、檀徒等は、同月十五日四十五名が出席した檀徒総会において、原告が同月十二日選任したと称する右三名の檀徒総代の資格を否認し、山下礼治郎、藤谷荘太郎、藤谷和太郎及び藤田森治の檀徒総代留任を決議したうえ、同年七月四日被告曹洞宗に対し重ねて花学院の住職たる原告の罷免を求めたこと。

(八)  よつて、被告曹洞宗は、同年七月五日罷免事由の調査並びに弁明を求めるため原告に対し、同月十一日午前十一時までに出頭するよう通知したが、原告はこれに応じなかつたため、調査の結果、右の如き事由をもつて住職任免規程第十一条の規定に該当するものとし、同年八月七日その代表者たる管長の名において花学院の住職たる原告を罷免し、同日被告服部をその代務者に任命したこと。

(九)  花学院の代務者に就任した被告服部は、右同院の檀徒総代の職務を行う前記山下礼治郎等四名の者の同意を得て、新法による宗教法人花学院寺院規則案を制定し、静岡県知事にその認証を求めたが却下され、現に文部大臣に訴願中であること。

以上の認定事実に反する甲第二十号証の記載部分及び証人鳥井さのの証言並びに原告本人尋問の結果は、前顕各証拠に照して措信できず、他に、これを覆えすに足る証拠はない。

ところで、原告は住持の身でありながら、清浄なるべき花学院境内地の池で肥桶を洗い、山門を畜舎として本堂正面玄関口に牛を繋ぎ排泄物をもつて霊場を汚したこと、堂宇伽藍の荒廃を意に介せず、檀信徒の熱望する弁天堂再建について無用を唱え、独断で旧曹洞宗に対する被包括関係の廃止を通告して檀信徒の憤激を買つたこと、殆んど全部の檀信徒から不信任の表示を受けて罷免を求められ、かつ、葬儀等一切の儀式の執行を峻拒されていること及び原告がなした昭和二十七年六月十二日の檀徒総代の選任、同月十四日附被告曹洞宗に対する被包括関係廃止の通告が右檀信徒等の意思に反したため、右檀徒は前檀徒総代の留任を決議したこと、並びに被告服部は、右総代の同意のもとに新法による宗教法人花学院寺院規則案等を制定してその認証を申請していることは、いずれも、前に説示するとおりであるから、花学院の檀信徒数が少く、ためにその住職たる原告が、生計の資の不足を他に求めて農業等に従事することはあえて咎むべきものでないとしても、前記の所為によつて殆んど全部の花学院檀信徒の帰依を失つた責任は重大であるのみならず、右紛争の経過に徴するも、将来これ等の者と和合を期し、信心を回復することは期待し難いものというべきであるから、被告曹洞宗が、原告を、花学院住職の任に適しないと認めても、これをあえて不当ということはできない。

してみると、被告曹洞宗が、昭和二十七年八月七日檀信徒の大多数から不信任の表示を受けた原告を、花学院の住職として不適当なものと認めてなした本件罷免につき、住職任免規程第十一条所定の事由が存するものといわなければならない。

第四、原告のその他の主張について、

一  次に、原告は、被告曹洞宗が原告に対してなした花学院住職の罷免は、新法第七十八条第一項に規定する不利益処分に該当し、同条第二項によつて無効であると主張する。しかしながら、被告曹洞宗が、花学院の同被告に対する被包括関係廃止後二年以内においても、同院の住職の地位にある原告を罷免することは花学院の同被告に対する被包括関係の廃止を目的として、或はこれを企てたことを理由となさざる限り許されるものである。また、旧令による宗教法人たる寺院が、新法施行後もなお完教法人として存続するためには新法附則第五、第六項、第十五項により、所定期間内に規則案を作成して所轄庁の認証を受けたうえ設立の登記手続をしなければならないところ、被告服部が、昭和二十七年八月七日被告曹洞宗管長によつて花学院の代務者に任命され同月十一日その旨の登記手続を終えたこと、原告及び被告服部がそれぞれ静岡県知事に対し宗教法人花学院寺院規則案の認証を申請したが却下され、現に文部大臣に対して訴願中であることは、前記のとおり(但し、登記の点については当事者間に争いがない。)であるから、被告服部が、右申請手続等において、競願の形で申請された原告の規則案認証申請手続の違法を攻撃して、同被告に有利な決定を得ようとすることは許さるべきことであり、また、被告曹洞宗が、花学院の住職たる原告を罷免して被告服部をその代務者に任命しているにもかかわらず、原告が右罷免は無効であり、従つて、なお花学院の主管者であるとして前記認証申請、訴願をなしている以上、適式にその手続の違法を攻撃することはあえて咎むべきものではない。してみると、被告曹洞宗の原告に対する本件罷免が花学院の同被告に対する被包括関係廃止の意思表示後二年以内になされた事実及び被告服部のなした前記規則案の認証申請が、原告主張のように手続上の違法があつたがために、結局認容されない状態にあるにもかかわらず、被告等が原告の前記規則案認証申請手続の違法を攻撃しているとしても、単に、それだけの事実だけでは、被告曹洞宗の原告に対する本件罷免が、同被告と包括関係にある花学院の被包括関係の廃止を防ぎ、または、これを企てたことを理由としてなされたものとは認め難く、他にこれを確認するに足る証拠はない。従つて、原告の右主張は採用しない。

二、更に原告は、被告曹洞宗の原告に対する本件罷免は、罷免事由を告知して弁明の機会を与えてなされたものではないから、権利の濫用として無効であると主張するが、これを確認するに足る証拠はない。却つて、被告曹洞宗は、本件罷免をなすに当り、静岡県曹洞宗第四宗務所長鶴見密禅及び被告服部に対して罷免事由の調査並びに原告、檀徒間の紛争を解決するよう指示したので、被告服部は第三者を介して紛争解決の斡旋に乗り出したが、原告においてこれを拒絶したこと、被告曹洞宗は、本件罷免に先き立ち昭和二十七年七月五日附書面をもつて原告に対し罷免事由の調査を兼ねて弁明を求めるため、同月十一日午前十一時までに出頭するように通告したが、原告がこれに応じなかつたことは、いずれも、前に認定したとおりであつて、他に、右罷免が、権利の濫用であることを認めるに足る証拠もないから、原告の右主張は失当である。

第五、むすび

そうすると、被告曹洞宗が、花学院の住職たる原告に対してなした本件罷免が無効であるとする原告の主張は、全部排斥されたから、原告は、被告曹洞宗が原告に対する花学院の住職を罷免する旨の意思表示が到達した昭和二十七年八月十二日限り、花学院の住職を罷免されたものといわなければならない。しかして、花学院の主管者は、花学院住職の職にあることをもつてその要件としていたため、住職たるの職を失うと同時にその主管者たる地位をも喪失することは、前記のとおりであるから、原告は、花学院の住職を罷免された右同日限り、花学院の主管者たる地位をも喪失したものというべきである。

それならば、原告がなお花学院の主管者であることを前提とする本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由のないことは明らかであるから、失当として、これを棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 駒田駿太郎 長久保武)

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